平成27年3月

 卒業生諸君、ご卒業、誠におめでとうございます。いよいよ世田谷学園での最後の儀式を迎え、感慨あふれるものがあるのではないかと思います。保護者の皆様におかれましても、ご子息が成長することの喜びと同時に、思春期という多感な時期、それぞれにご不安やご苦労もおありだったかと存じますが、晴れて本日の門出を迎えられましたことを心よりお喜び申し上げます。

 一貫生の諸君が入学したのは平成21年ですが、その翌年、諸君が中学2年生のときには、学園として2度目となるダライ・ラマ法王第14世のご来校、ご講演がありました。法王は、自分の心の中から敵対心や怒りの心という武器をなくし、代わりに愛や慈悲の心を育む、それがいかに大切であるかを説いてくださいました。また、この年、私は諸君の学年の授業を、5クラスのうち4クラスで担当しました。私も諸君も早起きをして、幾度となく朝一番の再試を行うということもありましたが、諸君の授業に行くことは、実に楽しく、職員室の話題にできることが数多くあったことを覚えています。
 高入生の諸君とは、昨年2月の北海道修学旅行で、前半の3日間だけではありましたが、ともに時間を過ごさせてもらいました。出発の日は北海道の天候状態が悪く、場合によっては飛行機が引き返す可能性もあるという状況での羽田離陸でした。無事、新千歳空港に到着できたときはホッとしましたが、そこには我々の乗った飛行機の機長を保護者の方が務めてくださっていたという偶然がありました。その巡り合わせのお陰もあって、クラスとして初めての宿泊行事のスタートが、天候の不安から一転、幸先のよいものになったと思っています。そして私自身も、諸君と行動をともにして、実に心地よい時間を過ごすことができました。
 6年間、あるいは3年間を振り返れば、楽しいことも、また、つらいこともあったと思いますが、その中で、見守ってくださったご家族の方々のまなざしがありました。そして、ともに過ごしたかけがえのない仲間との出会いがありました。そのことに、ぜひ感謝をしてほしいと思います。感謝は、豊かな心の種です。そこから、ダライ・ラマ法王の仰る愛や慈悲の心も生まれます。

 諸君は、旃檀林の獅子児から獅子へと成長するための大きなステップとして、本日「卒業」を迎えました。入学以来、多くの諸君が、この次に待つ新たなステージを「明日」と見立て、「今をひたすらに」努力をしてきたことと思います。そして、その「明日」への扉をすでに開けた諸君もいれば、人事を尽くして天命を待っている諸君もいます。あるいは、捲土重来を期している諸君もいるかもしれません。しかし、いずれにしても諸君の「明日」は、そこで終わるものではありません。

 世田谷学園には、“Think&Share”-『天上天下唯我独尊』という教育理念、すなわち仏教・禅の、「人は一人一人がかけがえのない尊い存在であり、だれもがりっぱな人間になることのできる力をもっている」という人間観、「人は固有の価値観や文化を持っており、それをお互いが理解し認め合うことで、平和な地球社会の創造が可能となる」という社会観・世界観があります。そして人間観を表す“Think”のモットー「明日をみつめて、今をひたすらに」、社会観・世界観を表す“Share”のモットー「違いを認め合って、思いやりの心を」があります。ただし、この2つのモットーは決して別々のものではありません。諸君が目指すべき「明日」は、我欲に満ちた、自己中心的な「明日」ではなく、「違いを認め合って、思いやりの心を」もった「明日」です。それを「志」とも言います。「志」とは二度とないこの人生をどのように生きたら、自らのもつかけがえのない価値を光り輝かすことができるか、そしてその光で周囲を明るく照らすことができるか、ということです。
 そのために、世田谷学園は、諸君の将来に3つの人間像を描いています。「自立心にあふれ、知性をたかめていく人」、「喜びを、多くの人とわかちあえる人」、「地球的視野に立って、積極的に行動する人」がそれです。言い換えれば「智慧」と「慈悲」と「勇気」をどこまでも追求する人ということです。それが、世田谷健児です。それが、旃檀林の獅子児です。「違いを認め合って、思いやりの心を」もった「明日」とは、「智慧」と「慈悲」と「勇気」によってこそ実現します。
 戦争の世紀と言われた20世紀が終わり、21世紀は平和の世紀と期待されていました。しかし、世界は未だ多くの問題を抱え、混沌としています。日本国内にも、震災からの復興、原発、沖縄の基地移設、少子高齢化・・・、様々な問題があります。大小を問わず、どのような社会にも必ず問題は生じます。スキルや方法論を駆使することは必要なことではありますが、それだけでは解決しない複雑な問題が、「明日」へと向かう諸君の行く手に立ちはだかることもあります。
 しかし、そのときには、“Think&Share”-『天上天下唯我独尊』、この原点に立ち返ってください。そして、「智慧」と「慈悲」と「勇気」をもてと、越えられない壁はないんだと、自分自身に言い聞かせてください。きっと、とるべき道が見えてくるはずです。

 だから卒業生諸君、顔を上げなさい。胸を張りなさい。たとえ、暗闇の中にその身があったとしても、決して嘆くのではなく、自ら一燈をともす。
 諸君がそれぞれともす一燈によって、やがて社会が明るく彩られる、そのことを心から祈念いたしまして、卒業の式辞といたします。
 本日は、本当におめでとうございます。(卒業式でのお話から)